狂言

道具、音響、照明、 「狂言」 を上演する為に、実は不要なのです。

あくまでシンプルに…役者の肉体と肉声のみで、何かを伝える芸能

それが究極の 「狂言」 です。

何にも頼らず、そこに存在するだけで「狂言」になること・・・

これを見つけるため、悩み、試し、様々な物に頼り、試行錯誤して

演じてきました。


 




靭猿

「猿楽」 と言われた 「狂言」 の基本は、やはり 「猿真似」
師匠のする通り演じて、上手く出来たらご褒美をもらう。
褒めてもらえるのが嬉しくて、もっと頑張る。
こうして 「狂言」 が好きになったのでしょうね。
これは花形狂言会 「靭猿」 童司君の猿ですね…
猿は写って無いけど。

 


 
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三番三

カッコいい… 格好良い… 型が良い。
そんだけのことなのです。
モテたい! 一心だった16歳の頃、いい型 “かた” をしようと日々、鏡に向かい稽古しました。
「誰より元気な狂言をしたい・・・」 そう考えていた10代
茂山家ゆかりの多賀大社で、極寒の中、初演しました。

 


 
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花形狂言会

コークステップホール・花形狂言会・狐と宇宙人」
大阪の芸大で芝居の照明や音響、制作の勉強をし能楽業界の “あたりまえ” に、多くの疑問を持っていた時代です。
能舞台だけでなく、会場を変えることで狂言自体は変わるの? 観客の皆様はどう感じるの?
ライブハウス狂言やミニシアター、階段の踊り場や床の間《空間へのこだわり》が楽しくて色々と場所を変えて挑戦した20代です。非公開ですが、能楽仲間と丑三つ時の貴船神社で 「鉄輪」 をし、怖い目にあったこともあります。
もちろん能舞台で演じて来た型のままでは、対応しきれない空間もあります。音や照明、能舞台ではあり得ない距離感の中で、新たに作り上げる作品。そんな横柄な活動の中で一つだけ心がけていたもの・・・
それは、「型破りは良いが、型無しにならぬ事」
舞台上だけでなく、万事に通じる言葉です。

未だにその線は、見つかっていませんが・・・・


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釣狐

大学では自由な芝居を作り、何通りもの演技をしては、ダメ出しがありまた芝居を作る。 それ自体が楽しい時代でした。 しかし、狂言 「釣狐」 の稽古は師匠である父に、全てを指導される。 決まった動き、決まったセリフの言い回し、決まった謡。 何から何まで 「様式」 と 「型」 で束縛され、自分なりの演技を考えてすると 「勝手な芝居すんな!」 と叱られる。芝居の中に自分が無いと思い、狂言をつまらなくさえ思っていましたなぜ、つまらないとさえ思っていた狂言を、身体が覚えるほどまで稽古出来たのか… そこには膨大な決まり事の一つ一つを、クリアする事への好奇心と意地がありました。所詮決まっていることなんやから… 教えられた通りやればいい。
ところが… やってもやっても演じきれない。
悔しさと、狂言の持つ650年分の芸の深さを、初めて思い知らされた瞬間でした。それ以降、別の世界の芝居をしても、いつのまにか狂言の動き、狂言の空気になる。今思えば、自分にとっての最大の武器をこの時に得たのですね。今の時代、何かを学ぶには必ず理屈や理由が先行します。そうでは無く先人達が築いた知識や芸技、そして心を、
若い身体に出来るだけ叩き込み、吸えるだけ吸収し、その上に自分を襲ね合わせることが出来た時、その人は本物の光を放つのだと思います。そんな、理屈ではない人間らしい 「心」 と 「体」 を、見つめ直した20代の 「釣狐」 でした。

 
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花子

この曲に挑戦した30代のテーマは 「間」 。
決まった動き、決まったセリフの言い回し、決まった謡。 何から何まで 「様式」 と 「型」 で演じる狂言の中で最も自分を出せるのが 「間」 です。目標は 「間の魔術師」 間の長い人も居れば、間の無い人も居ます。でも、決まった間と言うのは無いはずそんな 「間」 にこだわり、自分なりの 「花子」 を作りました。 「釣狐」 「花子」 「狸腹鼓」 この3曲の極重習と言われる狂言の中で一番楽しく演じることが出来たのは、この狂言です。


 
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茂山家が抱えられていた幕末の大老、井伊直弼作の狂言 「狸腹鼓」 家では最も重い 【難曲】 とされています。披らいてみて思うことは、確かに難曲でした。
面を二面重ねて着け、その上から綿帽子という絹を纏い全く外気を遮断した状態の衣装いわばゴミ袋を頭からかぶった状態で45分台詞を言い、動物的に動き、謡い舞う人間の限界を超えた作品です。稽古の段階で実際にゴミ袋をかぶって演じ酸欠で倒れそうになつたり・・・・ 6月の梅雨の中、Tシャツにセーター2枚、ダウンのコートを来て頭にはフルフェースのヘルメットをかぶり、稽古をして脱水症状になったり。
持久力との戦いでもありました。



 

 
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今・・・

「釣狐・花子・狸腹鼓」 を終えて、改めて自分と向き合っています。好きな狂言・役は?と問われたら 「千鳥」 の太郎冠者。狂言の代表的な登場人物 「太郎冠者」 を演じることはもちろん楽しくまた、難しいものです。
でも今は、動物や鬼、異形の者達を演じるのが、どうやら私は得意のようです。
まだまだ衣装や面、空間やその会場の力を借りて舞台に立っている。そんな気がします。
面(おもて)をとり、自分の素顔で演じる太郎冠者を納得のいくように演じきりたい。その時、舞台人としての 「おもてなし」が出来るのでしょうね。

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